
財)日本野鳥の会からビジュアルフリーマガジンなるものが刊行され出した。
年4回(季刊)の発行でB5版、表紙と裏表紙まで入れて24ページといったつくりである。
この会の会員になっているので毎月、会報が送られて来るのだが、
いつもパラパラと拾い読みをしてお終い。
でもこれは表紙を見て、目が完全に止まった。
「藤原新也? …(何でやねん!!)」
感想としては会員の平均年齢層が上がっている今、
野鳥の会が40代以下の層に、
一般からみた明らかに堅い・固い・硬い・難いイメージを払拭しようと、
考え出したものと想われる。
それはさておき、内容がよかったのでちょっと紹介。
表紙画:脇田 和
絵(画)のことはわかりません(笑)。でも○
彩の章:前田真三(写真)
没後10年を経過しようとしているが、この人の写真は色褪せない。
一眼レフ駆使し、作品を発表するプロ・ハイアマが多くいるが、
いまだ超えた者は存在しない(日本国内)。
風景は大型カメラ(フィルム)で撮るということを再認識させられた。
私の心の師でもある。
憶の章:小島一郎(写真)・吉田一穂(文)
ノスタルジックなセピアの写真が文章と共に、
記憶の奥底を刺激する。
いい写真は古くなるほど存在感を増すのは何故か?
流の章:藤原新也(写真・文)
インド、東南・東アジアを見つめ続けた写真家が、
近年、日本を見つめている。
独特の感覚で綴られる文は、読み飽きない力を持っている。
ここだけは、やはりワラ版紙にして欲しかった。
響の章:岩合光昭(写真)
野鳥の会なのでここは鳥の写真(微)。
掲載写真点数は多くないが、見ておいて損はないと想います。
*基本的にはタダ(無料)なので、近隣に関連施設等があれば入手は可能。

デジカメに馴染んで来た頃の写真。
廃墟の撮影にもこれを使うようになった。
でもまだカメラとフィルムは
一緒に持ち歩いていた。
その後、これらは家の中で完全に眠ることになる。
→『遠い記憶、忘れられた風景。2nd.』


きのう(1/15)春国岱(根室市)に行って来た。
本来の目的は野鳥の観察であったが、
その行程の途中でかなり古いと思われる遺構を
波打ち際に見つけた。
以前は全く姿を見ることができなかったものだ。
たぶん去年の10月や今年の1月8日の大型低気圧によって、
海岸に堆積していた砂が浸食された結果である。
これが何なのかまだハッキリと分らないが、
心当たりがないわけでもない。
春国岱は今でこそ自然の宝庫であるが、
明治〜大正時代にかけては交通の要所でもあった。
道が引かれ橋や驛逓、それに渡しのための港があった記録が残っている。
いずれも現代のようなコンクリート構造などではなかったので、
残っているものはほとんどないのだが…
この構造物は位置を考えると
記録にある昔の橋だったような感じもするが、
その答えは研究者に任せることにしよう。
↓本来の目的はこちら。



この町の観光要素として『ミズナラの風衝林』がある。
樹が風になびいているように見える不思議な風景だ。
生態的には海から吹きつける強い潮風によって、
風の当たる部分の成長が損なわれるために、
このような形で育ったものである。
日頃から見慣れて、
これについては充分理解しているつもりでいたが、
よく見ると幹自体も風下に傾いていた(驚!)。
まだ細い幼木時代に、散々風に吹かれたのだろう。
苦労してるんだね…。
じっくりと向かい合うと、
今まで気づかなかったことを知ることが、まだまだある。
今日もひとつ、自然から教えてもったようだ。
*地元では『ミズナラ』ということになっていますが、
正確には『カシワ』との交雑種で
『カシワモドキ(Quercus × anguste-lepidota)』と呼ばれる樹です。


2003年の1月、
最初に手にしたデジカメはコンパクト機の300万画素。
記録撮影用などに利用するつもりだったが、
これが結構、よく写った。
A4ぐらいのプリントアウトなら全然問題なく、
日々よくなるであろうデジタル一眼に期待を寄せたのも
この頃だったと想う。
今回の『遠い記憶、忘れられた風景。2nd.』は、
このOLYMPUS CAMEDIA C-300zoomで
予備的に撮影された数少ないカットの中からのもの。




















