

●いなせレジャーランド・廃止施設 (2006.07.17)
今年の目標(写真展)に向かい
ゆっくりとではあるが、
歩んでいる。
相変わらず、
充分納得のいく写真が撮れていないが、
全体の方向性は決まって来ている。
ブログにアップするカットも
それに合わせた画像処理をはじめている。
でも進捗度、まだ40%未満。
→『遠い記憶、忘れられた風景。2nd.』

●雄別購買 (2006.05.18)
写真をセレクトしていたら、
この大きな開口部が玄関や採光窓ではなく、
何らかの目的で壁が壊されたものであることに
気づいた。
一体、何を運び出したのだろうか?
それとも…
→『遠い記憶、忘れられた風景。2nd.』


普段は私の記憶に遠くおよばない
古い産業遺産・廃墟を追いかけている。
これ自体も稼動している時代を
実際に見たことはないのだが、
ここの経営者の娘が、
高校時代の同級生だった。
→『遠い記憶、忘れられた風景。2nd.』

明治時代の北海道開拓時、
この島のほとんどは深い森で覆われていた。
一攫千金の夢を求めて
やって来た人たちにとっては
ここは決して永住の場所ではなかったのである。
その気質が木造+トタン屋根の
住宅を創り出したといえるが、
今となってはこの様式が
北海道、そのものといってもよい。
→『遠い記憶、忘れられた風景。2nd.』





近くに住んでいながらこの線を利用したことがなく、
実際に列車に揺られて沿線風景を
眺めたことはなかった。
でも残された駅や線路・路床から
このローカル線のイメージが膨らむのだ。
→『遠い記憶、忘れられた風景。2nd.』

バスやトラック、
鉄道客貨車に船積コンテナ。
これらが別な目的とし再利用されたり
朽ちるがままに放置されている姿は、
奇異的だったり、
終焉感ともいえるような
寂しさに満ちている。
何よりも荒涼とした北海道の原野に、
新たな風景を創り出している。
→『遠い記憶、忘れられた風景。2nd.』


修復された産業遺産などの廃墟は、
魅力に欠けると想っている。
それは手を加えることにより
新たな時が動いてしまい、
今まで刻まれた歴史が
ボケてしまうような感じがするからだ。
ちょっと酷なようだが、
廃墟というのはそのまま朽ちてしまうのがいい。
私の考えは常にこれで決まっているけど、
この『稚内港北防波堤ドーム』だけは違う。
完全に造り直されたものだが、
その曲線と連続する幾何学的な造形が
あまりにも美しく、
揺るぎない決定を打ち消してしまうのだ。
→『遠い記憶、忘れられた風景。2nd.』

デジカメに馴染んで来た頃の写真。
廃墟の撮影にもこれを使うようになった。
でもまだカメラとフィルムは
一緒に持ち歩いていた。
その後、これらは家の中で完全に眠ることになる。
→『遠い記憶、忘れられた風景。2nd.』


2003年の1月、
最初に手にしたデジカメはコンパクト機の300万画素。
記録撮影用などに利用するつもりだったが、
これが結構、よく写った。
A4ぐらいのプリントアウトなら全然問題なく、
日々よくなるであろうデジタル一眼に期待を寄せたのも
この頃だったと想う。
今回の『遠い記憶、忘れられた風景。2nd.』は、
このOLYMPUS CAMEDIA C-300zoomで
予備的に撮影された数少ないカットの中からのもの。









































